【麻雀弱者の思考法】麻雀に流れはあるか?

麻雀強者の思考法
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皆様ご無沙汰しています、ごたぷーです!
最近めちゃめちゃ更新頻度が低くて申し訳ありません!

しかし、それには原因がありまして・・・

 

 

ご覧の通り、9月10月と天鳳の成績がとんでもない事になっています!

ところで、こういう時皆さんはどうしますか?
しばらく天鳳から離れる、サブ垢を打つ、ムキになって鬼打ちするetc・・・。

私の場合、結構ムキになって鬼打ちしてしまいます笑
(鬼打ちというほどの打数を打てていませんが・・・)

そんなわけで、空いた時間の多くを天鳳打つ事に費やしていて、ブログ更新さぼってましたすいません!
今後もこんな感じで不定期に更新していこうと思います。

 

さて、先ほどの9月10月の成績。
見る人が見たら、こう言うでしょう。

「流れが悪いね・・・」

 

さて、皆さんに質問です。

 

麻雀に流れはあると思いますか??

 

麻雀界で永遠のテーマである、「麻雀に流れはあるか論争」。
今回は天鳳の流れがあまりに悪いので、私なりの見解を書いていこうと思います!

 

さて、結論からいいましょう。
私は流れは「ある」と思っています。

 

ああ!待って!
デジタル論者の人帰らないで!
私もデジタル論者なんですううう!

 

さて、なぜデジタル論者なのに流れがあるとか言い出したのか?
その理由は、流れの「定義」にあります。

 

そもそも、流れってなんですか?

 

これ、流れ論者の人の中でもかなり曖昧だと思うんですよね。

三面張が単騎待ちに負けるのが「流れが悪い」という人もいれば、麻雀中に奥さんから怒りの電話がかかってきて「流れ悪いわー」という人もいますよね。

おそらく、そんな「曖昧な感じのもの」が世に言う「流れ」なんだろうと思います。

しかし、私の中では明確に「流れ」は定義づけができます。

 

流れとは、「確率の偏り」です。

 

例えば、3回連続で一向聴の配牌が来たとします。
これって、凄くラッキーな事ですよね。
配牌という運の要素しか介在しない部分において、いい方に確率が偏ったケースです。

リーチをかけたら3回連続で追いかけリーチに放銃した!
これは逆に、リーチ後のツモという運の要素しか介在しない部分で、悪い方に確率が偏ったケースですね。

そして、流れ論者の人はこう言います。
前者は「流れがいい」、後者は「流れが悪い」と。

デジタル論者の人は流れ論者の人を下に見がちな気がするのですが、こうして流れを定義づけしたら結局同じことを言ってるんですよ。

流れがいい=上振れ
流れが悪い=下振れ
これ、テストに出ません。

 

では、なぜ「流れはあるか論争」はなくならないのか。
理由は2つあると思います。

 

1つ目は、先ほど述べた通り定義が曖昧だから。
お互いに定義づけが曖昧なものについて議論したって答えは出ないですよね。
逆に、流れを「確率の偏り」と定義づければ、流れはあるという人が多いのではないでしょうか。

 

2つ目は、流れを予想・操作できるかという問題。
こっちがメインの理由だと思います。

流れ論者の人は、「できる」という人が多い印象です。
先程の定義から言うと、確率の偏りを予想・操作できるかという話。

正直、私はできないと思っています。
だってできないんだもん。

でも、結構できると思っている人が多いのは事実。
麻雀で流れが悪いから両面を嫌ってシャボ受けにしよう!みたいな話です。

これ、麻雀以外でも結構そういう人多いんですよね。
例えば、宝くじで大当たりがたくさん出た売り場で買う人とか。
まさに「確率の偏りを予想する」って感じの行為です。

ずばり言ってしまえば、宝くじを買っている時点で期待値50%以下のギャンブルをしているので、まあお察しです。

 

さて、そんなわけで私の結論は、

流れはあるけど予想・操作はできない
となります。
最後に、現状天鳳でひじょおおおおおに流れが悪い私ですが、以上を踏まえてどうするか。
答えは「どうもしない」
片山まさゆき先生の漫画に、「おバカミーコ」という素晴らしい作品があります。
その漫画の名言がコチラ。
いや、脱出はしたいです笑
こちらの発言の意図は、スランプだからと言って選択を変えるな、という事です。
言い換えると、流れが悪いから(確率が悪い方に偏るから)といって違う選択肢を取るな。
悪い流れを良くするのは無理。
だから、流れが悪い時はきっちり負けて、流れが良くなった時にたくさん勝てるよう準備するのみです。

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